この度、記念すべき第40回日本脳腫瘍学会学術集会を2022年12月4日(日)〜6日(火)に鴨川グランドホテルにて開催することとなりました。COVID19から3年となりますが、感染対策に万全の準備をこころがけ、多くの会員が熱い議論ができることを切に願っています。
第40回学術集会は、私が卒後2年目の1992年から2年間研修を行った亀田総合病院のある千葉県鴨川市で開催します。当時はほとんど休むことなく働き詰めで、深夜の緊急手術や血管撮影も毎日のようにあり、深夜1-2時にNCU (Neurosurgical Care Unit)からの報告を聞いて初めて床につく毎日でした。1年目の大晦日から元旦にかけては、脳梗塞患者の血管撮影・SPECT・高圧酸素療法を行い、2年目は硬膜下血腫の手術後に初日の出を迎えました。鴨川は私が脳神経外科医としてやっていく自信を得た思い出深い場所で、初めて膠芽腫の患者さんの手術を自ら行った場所でもあります。
学術集会のテーマは「我がライフワーク」としました。私をはじめ、本学会員のライフワークはグリオーマをはじめとする悪性脳腫瘍の患者さんが一日も長く元気に過ごせるように努力することです。これまでの自分自身の脳神経外科生活を振り返ると、患者さんを前に疲れを感じることはありませんでしたが、様々な雑務や事務作業で忙殺されて、仕事を投げ出したくなることもあり、また将来の事を思うと不安になることもありました。ある時、自分の日々の行動基準は「グリオーマを治すために努力すること」と悟りました。それからはどんなに大変な時でも、不幸にして病気になった悪性脳腫瘍の患者さんのために尽くそう、これが私のライフワークだと思うようになりました。本学術集会において、参加者の皆さんが悪性脳腫瘍患者さんのため、何をすべきか、何ができるのか、自分のライフワークは何なのか、あらためて考えていただければ幸甚です。
特別講演では、傘寿を迎えられた松谷雅生先生(埼玉医科大学名誉教授)に特別講演をお願いしました。本学会の初代理事長である松谷先生は、新しい発表に触れると常にメモをされるのはご存知のことと思います。若い先生には松谷先生がメモを取られるような発表をするようにと指導してきましたが、悪性脳腫瘍の研究や患者のために全身全霊を捧げる松谷先生のライフワークは、すべての会員にとっての道しるべになると思います。
本学術集会の主題として、1.脳腫瘍のゲノム解明と治療 2.脳腫瘍の微小環境ネットワーク 3.大規模多施設臨床研究の三つのテーマを挙げました。
令和の幕開けとともに、がんゲノムプロファイリング検査が保険診療でできるようになり、悪性脳腫瘍のおおよその遺伝子変異が簡単にわかるようになりました。Driver変異の一部が見つかり、髄膜癌腫症のグリオーマの患者さんがBRAF阻害薬で回復するなど目覚ましい効果も見られるようになりましたが、実際に治療薬を投与できるのは15%前後で、まだまだ治療薬の開発が必要です。一方で、グリオーマ患者さんでもgermline 変異が約8%に見つかり、検査を実施する際や、その後の患者さん・家族への心理的サポートも課題として浮き彫りになりました。
令和3年からは、国ががんの全ゲノム解析を国家事業として掲げ、間野博行先生(国立がん研究センター がんゲノム管理センター長・研究所長)を中心に様々ながんの解析が進められています。グリオーマをはじめとする悪性脳腫瘍についても、成人脳腫瘍は鈴木啓道先生(国立がん研究センター研究所)が、小児がん・小児脳腫瘍は加藤元博先生(東京大学大学院医学系研究科小児医学講座)が中心となり、All Japanで凍結組織・血液DNAを用いた解析が進められており、これらの先生方にご講演いただいたうえで、その一部の成果が公開されることを期待しています。悪性リンパ腫の最新のゲノム解析等については、片岡圭介先生(慶應義塾大学医学部血液内科)に講演をお願いしています。市村幸一先生(順天堂大学医学部 脳疾患連携分野研究講座)にはグリオーマにおけるH3F3A遺伝子の変異について基調講演いただきます。
悪性脳腫瘍に対しては免疫治療が必要であることは誰もが考えることですが、ペプチドワクチンや免疫チェックポイント阻害薬を用いた膠芽腫に対する大規模比較試験は残念ながら効果が上がっていないのが現状です。腫瘍浸潤や治療抵抗性を考えるうえで、腫瘍細胞とneuron・免疫細胞との微小環境ネットワークについてさらに研究する必要があると考え、この分野の第一人者である、Frank Winkler先生(University Hospital Heidelberg)・小山隆太先生(東京大学大学院薬学系研究科)・伊東恭悟先生(久留米大学)・石内勝吾先生(琉球大学大学院医学研究科脳神経外科)にご講演いただきます。
私は米国サンディエゴのLudwig Instituteで、Webster Cavenee先生・Frank Furnari先生のもとで、脳腫瘍のEGFR signalingについて研究し学位を取得しました。Cavenee先生はこれまでの学術集会や私が主催した2017年の日本脳神経外科コングレスにもお招きしました。西川亮先生・永根基雄先生らが、EGFR vIIIの膠芽腫におけるメカニズムを明らかにしたことが契機となり、Ludwig Instituteは米国でも悪性脳腫瘍のmolecular cell biologyの第一の研究室になりました。今も、優秀な日本の研究者が多数留学していますが、今回はFurnari先生に膠芽腫のsignal transductionについての講演をお願いしています。
2016年から始まった第5期科学技術基本計画では、人工知能(AI)技術がその中核技術として活用されることが明文化され、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会(Society5.0)という新しい社会を創出することが我が国の目指すべき未来像であることが示され、2021年からの第6期科学技術基本計画に引き継がれています。浜本隆二先生(国立がん研究センター研究所医療AI研究開発分野・日本メディカルAI学会代表理事)には、今後の医学領域におけるAI研究及び社会実装の展望についてご講演いただきます。
2016年から始まった全国がん登録によって日本の脳腫瘍の頻度が初めて明らかとなりました。2016-2019年に平均29,492の頭蓋内腫瘍の患者が登録され、人口10万人あたりの粗罹患率は23.30であることがわかりました。そのうち悪性脳腫瘍は22.7%で、悪性脳腫瘍・良性脳腫瘍の粗罹患率は5.29・18.01でした。神経上皮性腫瘍は4,537人、膠芽腫は年間平均2,071人が登録されていますが、Glioma NOSが643人登録されていることを考えると、膠芽腫の年間発生数は最大で2,500人程度と考えられます。日本脳神経外科学会の事業である脳腫瘍全国集計調査報告(脳腫瘍統計)からは、膠芽腫の年間発生数は2,200人程度であると推定してきましたが、全国の実人数とほぼ一致しており、あらためて脳腫瘍統計に多くの時間とエネルギーを注いでいただいた日本脳神経外科学会員の先生方に心より感謝申し上げます。全国がん登録は、「がん登録等の推進に関する法律」に基づき、2016年から全国の医療機関はがんと診断された人のデータを都道府県知事に届け出ることが義務化(悉皆調査報告)されています。がん登録の中で、脳腫瘍だけは良性腫瘍・脊髄腫瘍も含めて登録が行われていますが、これはがん登録のフォーマットを決めるうえで、国立がん研究センター名誉総長の嘉山孝正先生のご尽力によるものであったことを申し添えます。
悪性脳腫瘍は希少癌・難治癌であり、病態を明らかにし、新しい治療を確立するためには、All Japanでの多施設共同研究が必要です。日本臨床腫瘍グループ(Japan Clinical Oncology Group)は、エビデンスに基づいた癌治療の臨床研究を行うために1990年に設置され、2003年にはJCOG脳腫瘍グループが13番目のグループとして発足しました。野村和弘先生(国立がん研究センター中央病院名誉院長)が初代代表、2005年から渋井壮一郎先生(帝京大学客員教授)、2015年からは西川亮先生(埼玉医科大学名誉教授)が、2020年からは私が代表を務めています。JCOG脳腫瘍グループは現在45施設となり、これまでに科学的証拠に基づいて、患者に第一選択として推奨すべき標準治療や診断方法等の最善の医療を確立することを目的とした9つの多施設臨床試験を行ってきました。本学術集会においても、JCOG試験や治験をはじめとする多施設共同研究の成果が公表されます。米国Society of Neuro-Oncology PresidentのTracy Batchelor先生による米国の分子標的薬を用いた治療についてもご講演いただきます。今後期待されるウィルス治療については藤堂具紀先生(東京大学医科学研究所附属病院 脳腫瘍外科)に、脳腫瘍の未開拓分野である髄膜癌腫症については中洲庸子先生(滋賀医科大学 脳神経外科)に基調講演をお願いしています。
第40回学術集会を記念して歴代の会長の先生方には、開催時の思い出・若い先生へのメッセージを寄稿していただきました。日本の脳腫瘍研究の歴史を垣間見ることができますので、是非ともご一読ください。本学会の第1回日光脳腫瘍カンファレンスを開催された永井政勝先生が令和2年に御逝去され、第1回の様子を掲載できなかったことはとても残念ですが、本学術集会で追悼式を行いたいと思います。
日本脳腫瘍学会学術総会は、悪性脳腫瘍の臨床研究・新規治療薬の開発や、遺伝子解析・バイオロジーなどの発表がメインで、参加者400-500人の9割は、悪性脳腫瘍の研究や治療に携わる脳神経外科医です。膠芽腫をはじめとする悪性脳腫瘍は急速に病状が進行するため、患者の半数は診断時にKPS≦70の状態となっています。このような患者さんは仕事をアクティブに続けることができなくなり、徐々に出現する身体的麻痺だけでなく、失語・意識障害が進行し、自分が自分ではなくなる恐怖を常に感じています。短期間に病態が悪化するため、患者・家族への精神的なサポートが重要と考え、日本脳腫瘍学会内に2022年5月に脳腫瘍支持療法委員会を設立し、第1回研究会を2023年7月に開催します。脳腫瘍支持療法委員会は、脳神経外科医だけでなく、腫瘍内科医・小児科医・放射線治療医・精神科医・心療内科医・リハビリ医・セラピスト・研究者・看護師・患者会などのメンバーから構成され、脳腫瘍患者の支持療法(症状緩和・リハビリテーション・就労支援・家族へのサポート)を科学的に検討・発展させていきたいと思っています。患者・医療者向けの支持療法やACP(アドバンスケアプランニング)・事前指示書の手引きの作成を進めています。悪性脳腫瘍の患者さんが一日も長く元気で過ごすために、本学術集会では、森雅紀先生(聖隷三方原病院 緩和支持治療科)・吉内一浩先生(東京大学医学部附属病院心療内科)・内富庸介先生(国立がん研究センターがん対策研究所)・宮島美穂先生(東京医科歯科大学病院 精神科/心身医療科)にACPやサイコオンコロジー、支持・緩和・心のケア開発・うつ状態の治療についてご講演いただきます。本学術集会をきっかけに、悪性脳腫瘍患者さんに対する心のケアについての科学的な研究が進むことを期待しています。
本学術集会の演題は全部で307になりました。特別講演1・招待講演4・教育講演11・ランチョンセミナー4・モーニングセミナー2・基調講演5・シンポジウム65・領域理事・ガイドライン6・星野賞1・ナイトセッション30の127の口演と、178のポスター演題からなります。日本脳腫瘍学会のアクティビティーを国外に周知するために、2019年から永根理事長のご尽力により、Neuro-Oncology Advances(NOA)誌へ英文抄録が掲載されるようになりましたが、307演題のうち116演題が本学術集会開催前にNOA誌へ掲載されます。またTop Scoring Abstract賞は、招待演者など海外の審査員のみ13人に審査をお願いしましたが、今年は6人が選出されました。本学術集会も年々規模が大きくなり、優秀な演題を口演として発表していただけないことが課題ですが、ポスターセッションはスタート時間を遅くとも10時までにすることで十分な時間を取っていますので、活発な議論を期待したいと思います。今年も海外・国内演者によるMeet the expertセッションも開催しますので、大学院生等の若い先生は是非ともご参加ください。シンポジウムで紹介できなかった発表や、我がライフワークについての講演は、ナイトセッションとして開催予定です。感染の状況が許されれば、ナイトセッション会場の後方でワインを傾けながら、熱い議論に参加していただきたいと思います。
今回の学術集会では、エクスカーションは予定していません。悪性脳腫瘍の研究や臨床に専念するためには、研究者・医療者自身の家族の支え・理解・家族円満が何よりも大事です。鴨川シーワールドで行われるシャチやイルカなどの様々な動物ショーは、世界一のレベルです。ぜひともご家族も同伴で、学会前の土日はシーワールドを楽しんでください。初日のWelcome partyはシャチの大ジャンプで幕開けますが、日曜日・月曜日は鴨川シーワールドへの出入りは自由ですので、学会で疲れたらイルカやベルーガなどのショーをお楽しみください。
最後に悪性脳腫瘍の研究や治療は、小児から高齢者までが対象で、手術・化学療法・放射線治療だけでなく、脳卒中などの合併症に対する治療、ステロイドによる免疫不全や糖尿病などの内科的全身管理も必要です。何よりも脳腫瘍により認知機能障害や意識障害・麻痺によるQOLの低下が進行する患者さんとの対話を通して、人間の精神の根源に関する問題を常に意識します。悪性脳腫瘍の治療は、積極的な外科治療からリハビリや介護、心の問題など、がんや医学の全ての問題を含んでいます。これまでにかかわった患者さんや家族の顔を一人一人思い浮かべ、悪性脳腫瘍が克服されるようこれからも皆で努力していきたいと思います。
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